新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の「新事業進出枠」を検討する事業者から、よく聞かれる質問があります。
「既存事業と関連する新事業でも対象になるのか。それとも、全く別の業種へ進出しなければならないのか」
結論からいえば、現在の事業と全く無関係な事業へ進出する必要はありません。既存事業で培った技術、知識、人材、顧客理解などを活用する計画も検討できます。
ただし、「自社では初めて取り組む」「既存事業とは少し違う」という説明だけで、新事業進出枠の対象になるわけではありません。入口要件と、その後の書面審査を分けて確認することが重要です。
本記事では、新事業進出枠における「新市場」の判断方法を、対象になり得る事例と該当しにくい事例を交えて解説します。
「自社にとって新しい」と「社会的に新しい」は別の判断
新事業進出枠を考えるときは、まず「新しい」という言葉を二つに分けます。
入口要件
自社にとって新しい製品・サービスであり、自社にとって新しい顧客市場であるかを確認します。
書面審査
社会での普及度や認知度が低い「新市場」として説明するか、一般的な相場を上回る「高付加価値事業」として説明するかを検討します。
例えば、製造業者が初めて飲食店を始める場合、その会社にとっては新事業です。しかし、「飲食店」というジャンル自体が社会的に新しいとは通常いえません。
反対に、既存事業と関係する計画であっても、新しい製品・サービスと新しい顧客市場の両方を説明でき、既存の強みを高付加価値の源泉として示せる場合があります。
入口要件では二つとも必要
新事業進出枠では、次の二つを両方確認します。
- 自社にとって新しい製品・サービスであること
- 自社にとって新しい顧客市場であること
新しい製品・サービスか
日本初や世界初である必要はありません。ただし、過去に製造・提供していた製品やサービスを再開するだけでは、新しい製品・サービスとは扱われません。
社長の記憶だけで判断せず、過去の請求書、契約書、商品一覧、カタログ、ホームページ、売上台帳などを確認してください。既存製品と新製品について、機能、性能、利用者、提供工程、顧客が得る価値、価格や収益構造を比較します。
新しい顧客市場か
単に新規顧客へ販売するだけでは足りません。既存事業では対象としていなかったニーズや属性を持つ顧客層であることを具体化します。
既存顧客と新しい顧客について、業種、利用者、購入を決める人、解決したい課題、購入基準、現在の代替手段などを比較します。可能であれば、見込み顧客へ直接聞き取りを行い、現在の課題、導入条件、導入を見送る理由まで確認することが有効です。
増産・方法変更・メニュー追加・商圏拡大は要注意
経営者にとって大きな挑戦であっても、制度上の「新事業」に該当するとは限りません。特に次の計画は、入口要件を満たすか慎重な確認が必要です。
- 既存製品を、同じ顧客向けに増産する
- 製造方法だけを自動化・省力化する
- 既存店舗で、同じ顧客向けにメニューを追加する
- 同じ製品を、同じニーズの顧客へ別の地域で販売する
この場合、申請書の表現を工夫する前に、新しい製品・サービスは何か、新しい顧客のニーズや属性は何かを再確認します。実質的に増産、設備更新、メニュー追加、商圏拡大にとどまるなら、新事業進出枠へ無理に合わせず、別の申請枠、融資、自己資金なども含めて検討すべきです。
入口要件の次は「新市場性」か「高付加価値性」
自社にとって新しい製品・サービスと新しい顧客市場を確認した後、書面審査では、新市場性または高付加価値性のどちらで説明するかを決めます。
新市場性で説明する場合
新事業のジャンルについて、社会での一般的な普及度や認知度が低いことを、客観的なデータや統計で示します。
ここで注意したいのが、ジャンルの決め方です。公式資料では、性能、サイズ、素材、価格帯、地域性、業態、顧客層、効果などの要素を除いて、ジャンルや分野を区分する必要があるとされています。
- 「外国人労働者向け就職プラットフォーム」ではなく「就職プラットフォーム」
- 「東京都港区の高級焼肉店」ではなく「焼肉店」
- 「無人セルフネイルサロン」ではなく「ネイルサロン」
顧客層や地域、価格帯を付け足して狭いジャンルを作り、「まだ普及していない」と説明することはできません。修飾語を外した一般名称で市場統計を調べる必要があります。
高付加価値性で説明する場合
ジャンル自体は一般的でも、一般的な付加価値や相場価格と比較して、自社の製品・サービスが高水準の価値を生むことを説明します。
単に販売価格を高く設定するだけでは足りません。不良率の低下、納期短縮、耐久性向上、人員削減、保守費用削減など、顧客が得る効果を数値化し、その価値を生み出す自社の技術、知識、経験、ノウハウと結び付けます。
既存事業の強みを活用できる二つの事例
事例1:建設事業者が難加工アルミのメッキ加工へ進出
建設事業者が、既存事業で培った金属素材の知見を活用して、一般的に加工が難しいアルミ素材へのメッキ加工へ進出する事例です。
既存事業との関連性はありますが、その関連性自体が問題なのではありません。過去にメッキ加工を提供していないか、新しい顧客が従来とは異なるニーズや属性を持つかを確認したうえで、既存の知見がなぜ難加工を実現できるのかを、高付加価値の源泉として説明する方向が考えられます。
準備する資料は、一般的な加工方法との性能比較、試作品の測定結果、不良率、耐久性、加工単価、見込み顧客の希望仕様などです。
事例2:建築事業者が構造材・接合部材を製造販売
建築事業者が、既存事業で取得した独自工法を活用し、その工法に適した構造材や接合部材を新たに製造・販売する事例です。
工事を請け負う事業から、部材を製品として他の施工会社や設計会社へ販売する事業へ進むのであれば、製品と顧客市場が変わる可能性があります。
自社工事で内部利用してきた部材と、外部販売する新製品の仕様差を整理し、一般的な部材との比較、施工時間、安全性、耐久性、必要人員、工事全体のコストなどを確認します。
事例3:関連サービスの境界
一般企業向け業務システムを提供してきた会社が、医療機関向け専用クラウドを開発する場合を考えます。
「医療機関向け」という名称を付けただけでは、新市場とは判断できません。既存システムにはない機能や運用体制があるか、一般企業と医療機関で利用者、決裁者、規制、課題、導入条件がどう違うかを確認します。
社会的な新市場性を客観データで説明しにくい場合でも、医療機関固有の機能、業務時間の削減、監査対応などの顧客効果を数値化できれば、高付加価値性で整理する方向が考えられます。
新事業進出枠に該当しにくい二つの事例
事例4:同じ顧客へ高級メニューを追加
既存店舗で、これまでと同じ顧客へ既存料理の高級版を追加するだけであれば、単なるメニュー追加と見られる可能性があります。
販売価格を高くするからといって、直ちに高付加価値事業になるわけではありません。高付加価値性の審査へ進む前に、自社にとって新しい製品・サービスと新しい顧客市場という二つの入口要件を確認する必要があります。
本当に新しい事業として取り組むのであれば、誰のどの課題を、どのような新しい提供方法で解決するのかから事業を設計し直します。名称だけを変えるのではなく、製品、提供工程、顧客ニーズ、収益構造が実際に変わることが必要です。
事例5:同じ製品を隣県で販売
現在販売している製品を、そのまま隣県で販売する計画も注意が必要です。製品が同じで、顧客のニーズも同じ、違うのが販売地域だけであれば、商圏の変更にとどまる可能性があります。
地域名ではなく、既存顧客と新しい顧客のニーズ、製品仕様、購入条件を比較してください。新しい地域の顧客が従来とは異なる規格や性能を求め、そのニーズに対応する新製品を開発するのであれば、改めて入口要件を検討できます。
製品も顧客ニーズも変わらない場合は、新事業進出枠に合わせて説明を作るのではなく、通常の販路開拓として進めるか、別の補助制度や資金調達方法を検討します。
申請準備前に確認したい5つの質問
- その製品・サービスを過去に製造・提供していないか
- 既存顧客と新しい顧客で、ニーズや属性が何によって異なるか
- 増産、製造方法、メニュー、商圏だけの変更ではないか
- 性能、価格帯、地域、顧客層などの修飾語を外した正しいジャンルは何か
- 新市場性の客観データと、高付加価値性の相場比較のどちらを準備できるか
答えられない項目があれば、すぐに申請書を書くのではなく、その質問に対応する確認作業を先に行います。
- 過去の提供実績が不明なら、請求書や商品資料を確認する
- 顧客の違いが不明なら、見込み顧客へ聞き取りを行う
- 増産や商圏拡大にとどまるなら、事業内容または利用制度を見直す
- ジャンルが曖昧なら、修飾語を外して一般名称を特定する
- 審査資料が不足するなら、市場調査、相場比較、技術検証を先に行う
重要なのは、導入したい設備から補助金に合わせた事業を作ることではありません。顧客へ新しい価値を提供する事業があり、その実行に設備が必要である、という順番で計画を組み立てることです。
新事業進出枠の検討を次の段階へ
行政書士阿部総合事務所では、新しい製品・サービス、新しい顧客市場、新市場性または高付加価値性の整理から、設備投資、数値計画、資金計画まで、申請前の論点整理を支援しています。
公式資料
本記事は、2026年7月29日時点の第1回公募要領1.1版および「新市場・高付加価値事業の考え方1.0版」に基づく一般的な解説です。制度資料は改訂される場合がありますので、申請時は必ず公式サイトで最新版をご確認ください。記事中の事例は判断方法を説明するためのものであり、個別事業の補助対象性や採択を保証するものではありません。


