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『困っているときに先を争うようにして助けが来る社会』もしも、あったのなら|行政書士阿部総合事務所

 

 


『困っているときに先を争うようにして助けが来る社会』

 
そんな社会に住んでいるとしたらどうなのだろう?

 

 
”ありがた迷惑?”
 
”うっとうしいだけ?”
 
 
 
先週土曜日の夕方。
エレベーターもエスカレーターもない駅の階段で立ち止まっている赤ちゃんを連れたお母さんを助けた。
 
 
そのお母さんにとっては突然だったと思うけども、僕にとっては突然じゃない。
なぜなら助けようと思って、彼女のちょっと後ろをゆっくりと歩いていたからだ。
 
 
抱っこ紐の隙間から赤ちゃんの足がぶらぶらしているのが見えたし、重そうに片手で押しているベビーカーには荷物じゃなくて子どもが乗っているのが後ろから見ていても分かった。
その駅には、エレベーターもエスカレーターもないのを知っていたから、階段の前で必ず止まることも分かっていた。
 
経験がある方ならわかると思うけど、ベビーカーを押しながらもう一人赤ちゃんを抱っこしている状態は、普通に歩くだけでもしんどい。
 
まして、赤ちゃんともう一人抱っこして、ベビーカーを下ろす。
これを一人でやり遂げるのは絶対に無理。
 
だから、お母さんとしたら、階段の手前で誰かが声を掛けてくれるのを待つしかない。
それとも、自分から「お手伝いをお願い出来ますでしょうか?」と申し出るか。
 
 
僕はそのとき、たまたま2分ぐらいは他人のために使う時間があったし、
たまたま、ベビーカーを持って階段を下りることができるほどの健康的な身体をもっていた。
 
 
”困っている人がいたら助けましょう”、なんて言うつもりは全然ない。
いや、今回は本当に「たまたま」が重なっただけ。
 
 
僕が同じ状況だったとしたら、やっぱり思うなあ、誰か助けに来てくれるのを。
「助けて!」って言えばいいんだけど、ちょっと言えないや。
 
 
もしも、困ったときに先を争うように助けが来る社会があったとしたら。
 
ううん、ちょっと想像できない。
 
「自分がベビーカーを持ちますよ!」
「じゃあ、僕は荷物持つから貸して!」
「お母さんは子供だけしっかり見てて!」
 
なんて、大人三人が一斉に助けに来る場面。
やっぱり、想像できない。
 
 
 
でもでも、もしも、一日のうちで三回もそんな助けが来たとしたら、
 
「ん?、日本変わった?」
 
って思うだろう。
 
日本ってこんなに優しい国だったっけ?
たまたまラッキーが重なっただけ?
 
 
 
 
 
そんな時は、意識がそうなっているのか、特別なアンテナが立っていたのかわからないのだけど。
 
その後、乗り換えた地下鉄の駅の改札内の精算機でまごついてる小学生に出くわした。
 
既に改札を出てしまったお母さんがその子に向かって大きな声で「遠隔操作」で指示しているんだけど、どうも要領を得ない。
 
 
「なになに、どうした?」
 
って声をかけたら、精算機に入れようとした千円札が何度やっても戻ってくるという。
 
「ん、やってあげるよ」
 
って手伝おうとしたところで、無事に吸い込まれて解決しました。
 
 
 
”これ!今落としてたよ!ってお弁当袋を渡してくれたり”
”おいおい!信号赤だから危ないよ!なんて言ってくれたり”
 
 
もしも、一日のうちで三回もそんな助けが来たとしたら、「ん?、オトナって優しい?」って思う、きっと。
 
優しくされたら、誰だって気持ちいい。
「優しくすんじゃねーよ」、なんて怒り出す人はまずいない。
 
優しくされて気持ち良くなったなら、すぐその道の先で困っている人がいたら助けたいって思うかもしれない。
 
 
 

『困っているときに先を争うようにして助けが来る社会』

 
意外と、いいかもしれない。
 
みんなの「たまたま」が重なれば、実現できるかもしれない。
 
 
 
 

 

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