今、とある温泉の休憩室にいます。
隣では、猛烈ないびきをかいて眠っている。
よくある光景だし、悪意があるわけでもない。
でも正直に言えば、かなりうるさい、とてもうるさい。
こういうとき、人はだいたい三つの選択肢を思い浮かべる。
我慢するか。
注意するか。
心の中でイラつくか。
どれも、一見ありがちな選択。
でもよく考えると、どれも「争いの種」を内包している。
注意すれば、相手の反応次第で空気は壊れる。
我慢すれば、自分の内側にストレスが溜まる。
イラつけば、相手を勝手に評価し始める。
つまり全部、「相手の領域」に意識が侵入している。
そこで僕は、四つ目の選択肢を取った。

AirPods Pro 2 を耳に入れて、
The Birthday の「ROKA」を流した。
ノイズキャンセリングが効き、
いびきは消え、
自分の世界だけが残った。
相手は何も変わっていない。
いびきも止まっていない。
でも、問題は消えた。
ここで起きているのは、
非介入(ノンインターフェア)の実装だと思っている。
相手を変えようとしない。
相手を正そうとしない。
状況を道徳的に評価しない。
その代わりに、
「自分がコントロールできる領域」だけを調整する。
これは精神論ではない。
我慢でも修行でもない。
ツールと設計の話だ。
世の中には、
他人と自分とのあいだに、
わざわざ摩擦を生む構造が多すぎる。
正しさを主張する。
配慮を期待する。
理解を求める。
でも、それらはすべてアンコントロールだ。
「ノンインターフェア」という考え方は、
「関わらない」ことではない。
「争いが発生する設計を選ばない」こと。
音が気になるなら、音を遮断すればいい。
視界がうるさいなら、視線を切ればいい。
感情が乱れるなら、刺激を減らせばいい。
相手を変えなくても、
世界との距離感は変えられる。
争わないというのは、
強くなることでも、悟ることでもない。
ただ、
介入しなくて済む設計を選ぶ
それだけの話だ。
この夜、
まだ隣は眠り続け、
僕は音楽に包まれて休憩していた。
それでいい。
行政書士 阿部隆昭



