前提を整え、言葉の意味を統一してから議論するために
こんにちは。行政書士の阿部隆昭です。
今回は、少し難しい話に思えるかもしれません。 これまでこのチャンネルでは、
- 外国人向けの新幹線無料施策
- レンタカー補助金による割引
- 外国人の健康保険料の問題
など、いわゆる「外国人問題」や外国人政策に関するテーマを取り上げてきました。
こうしたテーマに向き合うとき、私たちは多かれ少なかれ、ある種の違和感を抱くのではないでしょうか。私自身もそうです。たとえば、外国人の健康保険料の収納率が低いという話を聞けば、
「普通は払うべきでしょう」 「日本にいるのだから払うのが当然でしょう」 「日本人と同じように負担するのが常識だよね」
という感覚が、反射的に浮かぶと思います。 これは無理のないことです。「普通」「当然」「常識」という感覚は、私たちの中に自然にあるものだからです。
ただ、私はこのチャンネルの中でいつも、 「前提を整え、言葉の意味を統一した上で議論に入りましょう」 とお伝えしています。
それは、外国人問題をめぐる感情的なエスカレーションを防ぎ、もし解決という道があるなら、どうやって最適解にソフトランディングしていくかを考えたいからです。今回は、その考え方を改めて整理してみたいと思います。
■ まず知るべきこと:国は外国人問題をどう見ているのか
外国人問題を考えるうえでは、まず現在の日本の現状、そして為政者の側がどう考えているのかを知ることが大切です。賛成か反対かの前に、まず「どう考えているのか」を知る。これは外国人問題の解決のための一つの前提です。
【出入国在留管理庁の永住に関する説明】
まず、出入国在留管理庁の永住許可制度に関する説明を見てみます。日本では、SNSなどでよく「永住権」という言葉が使われますが、厳密には日本には「永住権」という制度はなく、*あくまで「永住の許可」です。これは帰化とも異なります。
今回は永住制度そのものの説明ではなく、そのQ&Aの中にある問題意識に注目します。そこには、次のような趣旨の記載があります。 「共生社会の実現のためには、我が国に在留する外国人も、責任ある社会の構成員として、最低限必要なルールを守る必要がある。」

ここで重要なのは、「責任ある社会の構成員」という表現です。つまり国は、日本人だけではなく、日本に在留する外国人もまた、社会を構成する一員であり、ルールを守る必要があると考えているわけです。
【「秩序ある共生社会」という政策の方向性】
次に、「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」という資料を見てみます。これは比較的新しい、令和8年1月23日付の関係閣僚会議の文書です。

ここでも、「共生」という言葉が出てきます。資料の中では、現在の社会状況について、
- 我が国に在留する外国人等の増加
- そのような社会情勢の変化を前提としていなかった制度の存在
- 一部外国人による法やルールを逸脱する行為
- 制度の不適正な利用
- それによって国民が不安や不公平を感じる状況
があると整理されています。つまり、国はすでに、「国民が不安や不公平を感じていることを認識している」ということです。
この点はとても重要です。私たちは時に、「こんな状況なのに国は何もしていない」と感じることがあります。しかし少なくとも、資料上は、国は課題そのものを認識していないわけではありません。もちろん、認識していることと、十分な対策ができていることは同じではありません。ただ、「何もわかっていない」「何もしていない」と一括りにするのではなく、まず現状認識の段階を知る必要があります。
■ 問題はなぜすぐに解決しないのか
ここで重要なのが、政策の世界では「課題を認識している」からといって、すぐに解決できるわけではないということです。国の資料にもあるように、「事実関係や実態の正確な把握が不可欠」だからです。
たとえば、前回の動画で取り上げた外国人の健康保険料収納率の問題でも、外国人の収納率を把握していた自治体は150程度しかありませんでした。すべての自治体が把握しているわけではありません。つまり、適正化を進めるためには、まず「現状がどうなっているか」を正確に把握しなければならないのです。
制度を変えるには、
- 実態を把握し
- 問題点を整理し
- 関係省庁と調整し
- 必要なら法改正や条約改正を行う
という段階が必要になります。たとえば、租税条約の見直しについても、国は問題を認識していますが、相手国の同意が必要です。つまり、課題を認識していても、すぐには動けないものもあるわけです。
■ 私たちが感じる「普通」の正体
ここまで見てきた上で、改めて外国人問題に対する私たちの感情に目を向けてみます。先ほども触れたように、私たちは外国人問題に触れると、「普通はこうでしょ」「そうするのが当然だよね」「常識的にそうだろう」という感覚を持ちます。
しかし、ここで一度立ち止まる必要があります。なぜなら、この「普通」「当然」「常識」という言葉の中には、実は異なる立場や価値観が混ざっているからです。私は、外国人問題に対する違和感や意見は、大きく3つのポジションに分けて考えることができると思っています。
外国人問題を見る3つのポジション

1. 契約厳守ポジション(リーガリズム)
一つ目は、契約厳守ポジションです。
これは、「責任ある社会の構成員である以上、何が何でも義務を履行すべき」「契約を履行しない者には、サービスや社会保障を受ける権利はない」という立場です。
今回の健康保険料の未納問題でいえば、「保険料を払っていないのだから、医療を受ける資格はないのが普通でしょう」という考え方になります。
これは、昔のルソーの社会契約論にも通じる考え方ですよね。
社会の構成員である以上、まず義務を果たす。その上で権利を主張する。そう考える立場です。
2. 包摂的契約ポジション(インクルージョン)
二つ目は、包摂的契約ポジションです。
この立場の人は、「未納である」という事実だけで切るのではなく、その背景を考えます。
たとえば、「なぜ払えなかったのか」「どのような事情があったのか」「言葉の問題や説明不足はなかったのか」といった事情を考慮し、「まず社会の輪に入れるための支援を優先しよう」と考えます。
健康保険料未納の問題でいえば、「未納は良くないけれど、事情があるなら配慮すべきだ」「支援して、まず社会の構成員として包摂していくべきだ」という立場です。
3. 普遍的人権ポジション(コスモポリタニズム)
三つ目は、普遍的人権ポジションです。
この立場では、「命や健康に関わることは」「契約の有無や国籍に関わらず」「人間であるというだけで保障されるべき」と考えます。
つまり、「今困っているのなら、保険料を払っているかどうかより先に治療を受けるべきだ」「国籍や契約の有無より、人として命を守ることが優先される」という考え方です。
■ どの立場も「普通」「当然」「常識」と言えてしまう
ここで重要なのは、この3つの立場はどれも、それぞれの立場から見れば「普通」「当然」「常識」で説明できてしまうということです。
- 契約厳守ポジションなら: 「払っていないのにサービスを受けられないのが普通」
- 包摂的契約ポジションなら: 「困っている事情があるなら支援するのが当然」
- 普遍的人権ポジションなら: 「命を助けるのは常識」
となります。つまり、同じ「普通」という言葉を使っていても、その背景にある価値観がまったく違うのです。
【議論が噛み合わない本当の理由】
外国人問題で感情的な対立が起きやすいのは、このためです。それぞれが、「普通はそうでしょ」「当然そうなるでしょ」「常識的にこうだ」と言っている。しかし、その「普通」「当然」「常識」の前提になっているポジションが違う。だから、議論が噛み合わないのです。
そして、そのズレが説明されないままぶつかると、感情的な対立になり、エスカレーションしていく。本来であればどこかで合意形成できるかもしれないのに、前提が共有されないまま「普通」の押し合いになってしまうため、いつまでたっても議論が平行線になるわけです。
■ 私が大切にしたいこと:前提を整え、言葉の意味を統一する
だからこそ私は、このチャンネルの中で
- 前提を整える
- 言葉の意味を統一する
- 一次情報にあたる
- 正確な情報を確認する ということを大切にしています。
たとえば、外国人問題について発言するときも、「普通はこうだよね」と言うのではなく、「自分はこういう立場だから、こう考える」と説明した方が、感情ではなく「論」になります。
議論の「論」は、筋道の立った説明です。立場が違っても、「君の言っていることは自分と反対だけど、筋は通っているよね」という状態はあるわけです。それは、「論」が通っているからです。
【コメント欄を分類してみると見えてきたこと】
これまで、外国人の健康保険、新幹線無料、レンタカー補助金など、いくつかの外国人問題について動画を上げ、たくさんのコメントをいただきました。
それを私なりに、先ほどのA・B・Cの類型に当てはめてみたところ、圧倒的に多かったのはAの立場、つまり契約厳守ポジションでした。体感では75%くらいです。Bの立場が20%程度、Cの立場はほとんどありませんでした。
なぜAが多いのか。それは、おそらく多くの日本人が、
- 自分たちも生活が苦しい
- 健康保険も払っている
- 水道光熱費も上がっている
- それでも負担している という現実の中にいるからです。その背景があるからこそ、「だったら外国人も当然払うべきでしょう」「普通そうでしょ」という感覚になるのだと思います。
■ 外国人問題を解決に近づけるために
外国人問題に解決という道があり、最適解に向けてソフトランディングを目指すのであれば、私たちはまず、自分がどのポジションに立っているのかを確認することが大事なのではないかと考えています。
これは外国人問題に限りません。私たちが日々向き合う生活上の問題をどう考えるか、その礎にもなる視点だと思います。
たとえば、「自分はAの立場だから、この問題ではこう考える」と言えれば、それは感情ではなく、筋道の立った説明になります。
すると、立場の違う相手とも、少なくとも前提を明確にした上で議論ができるようになるはずです。
■ 最後に
今回の内容がどれだけ皆さんに伝わるかは分かりません。ただ、外国人問題に対して私たちが抱く、言葉にならない違和感の正体を少しでも整理する材料になれば嬉しく思います。
外国人問題は、日本人だけの問題でも、外国人だけの問題でもありません。適法に、真面目に生活している外国人の方々もたくさんいます。私の友人にもそういう方々がいます。
だからこそ、 「問題は正確に把握し、必要なことは改善し、誤解は誤解として整理する。」 そのための実務的な視点を、これからもお伝えしていきたいと思います。
行政書士阿部総合事務所、行政書士阿部隆昭。
行政書士阿部隆昭の視点YouTubeチャンネルでも説明しています。


