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あなたの毎日を変えるのに、やる気なんていらない|行政書士阿部総合事務所

September 18, 2014
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約 6 分

 

ワーキンマザーの皆様、毎日生き生きと働いていますか?
自分のやりたい仕事、出来ていますか?

2014年9月9日の読売新聞朝刊に「子の習い事 働くママの技」という記事が掲載されていました。
三人のワーキングマザーを例に挙げて、それぞれ工夫をしながら子供の習い事と自分の仕事とを両立させている姿などを描く内容。

 

な~んだ?
私、ワーキングウーマンだけど、ワーキングマザーじゃないからカンケーないなんて思わないで最後まで読んで欲しい。

きっと、おそらく、、、たぶん、あなたにも関係のある話だから。

続けます。

 

スイミングスクールの送迎のために仕事を家に持ち帰って頑張っている弁護士。
深夜帰宅の多い平日はさけて土曜日に掛け持ちで習い事に通わせているOL。
反対に、親子双方の気持ちの負担となっていた習い事をすべてやめてしまった元OL。

 

保育園や小学生のお子さんをもつママは分かると思いますが、子供が習い事を始めるキッカケは二つのケースしかない。

みんな習い事をしているから、ウチも、「何かを」させないといけないと、親が思うケース。
もう一つ。
◯◯くんが空手をやっているから、僕も、「空手を」やってみたいと子どもが思うケース。

 

お分かりだろうか。

 

子どもからオファーがあるときは、「何でもいいから習い事やってみたい」、なんてことにはまずならない。
野球がやりたい。スイミングがやりたい、とピンポイントでくるわけだ。

親が習わせたいと思うときは、何でもいいからとにかく習い事をしてほしいと思う。
ひどい時には子供にお願いまでして習い事に通ってもらっている親も現実にいる。
”習い事をさせていない親は教育に無関心”だっていう勝手なイメージが教室内には漂っているから仕方がない。

 

新聞記事にもあるように、掛け持ちで習い事をさせている親が好む理由付けはこうだ。

「子供の可能性を試したいから、なるべく多くの経験をさせたい。」

なるべく多くの経験、ということは、要するに何でもいいわけ。
経験の機会さえ与えれば。

これってたぶん、間違いじゃない。世に出ているアスリートや天才芸術家は幼い頃からその分野を始めていたって聞くし。
でも、なんだか怪しい。
とりあえず「何か」習わせておけっていうオトナの事情が混じっているような不純さを感じる。

なんか、嘘くさい。

 

子育てに悩む母親たちに向けた講座を開いているコーチング講師の方のお話しもそこには載っていて、
「能力を生かして働くことは立派なことだと、学びとれるはず。それが、子どもにとって一番の教育にな」ると。
さらに、「母親が自信を持って、生き生きと働く姿を子供に見せたほうがいい」とも書かれている。

記事全体のスタンスは、”働くママさん達はそんなに頑張らなくっていいよ”、という応援メッセージなのですが、実はかなりシビアなことを言っている。

 

考えてみて欲しい。

子供にとって「一番の教育」になることは、「自信を持って生き生きと」働く姿を見せることであり、「能力を生かして働く」ことである。

哀しいことに、一番効果のある方法が、実は最もハードルが高い。
頑張るのは子供じゃない、頑張らなければいけないのは自分だ。

誰もが「自信を持って生き生きと」働きたい。だからこそ、自己啓発セミナーに通ってみたり、書籍を読みあさったり。
誰もが「能力を活かした仕事」に就きたい。だからこそ、日々スキルアップのために努力したり、資格取得のための学習をする。

自分の成長を自分で感じることができるレベルじゃダメ。
子どもに「見せる」ほどにピカピカの自分にならないと教育的効果を発揮しない。

 

でも、それって相当に難しい。
目に見えるほどの効果なんてすぐに現れない。

 

だから。

 

子供の可能性を試すために「なるべく多くの機会を与えている自分」、こっちのほうを頑張ってしまう。
分かるけど、頑張り方向がちょっと違う。

といっても、息子のためにピカピカに輝いている自分になるんだ!って頑張るとまたオカシナことになってしまう。

 

なぜか。

 

そもそも、何かを頑張ろうと思ったとき、そこに意思を介在させるとうまくいかないことが多い。

「誰かのために」とか、
「自分のために」とかは、思わないほうがいい。

 

゛期待は失望の裏返し゛

 

過度な期待は、うまくいかなかったときに強烈な失望となって現れる。

子どもに期待しすぎた親は、思惑どおりにならなかった子供に対して家庭内暴力を始めるかもしれない。
自分に期待しすぎた本人は、成果が得られなかったとき、必要以上に自信喪失してしまうかもしれない。

 

頑張りっていうのはもっともっと機械的なもの。
最初の方向を決めるのはもちろん自分だし、゛こうなりたい゛、゛こうしたい゛って思うのも、もちろん自分。

でも、一旦方向性を決めたあとはルーチンワーク的な「作業」として落とし込んだ方がうまくいく。

それを淡々とこなすだけ。
そこに何の理由なんていらない。
モチベーションも一切いらない。
やる気?、気合い?、もちろんいらない。

理由をつけて頑張るから、それを上回る理由付けをして諦めてしまう。

 

今日は仕事がんばったから明日にしよう。
そもそも私にはそんなスキル必要じゃなかったから新しいものを探そう。

諦める理由はすぐ足元に落ちているからコワイ。
つい、拾いたくなる。

 

じゃあ、どうすればいい?。

 

自分で決めた時間だけ、自分で決めた課題を毎日こなしていく、それだけ。
実にシンプルな話。
語学や資格の学習など、課題はなんでもいい。

時間が来たら決められた課題をこなすという「作業」を続けるだけ。
様々な事情で出来ないときはもちろんある。
そんなときはリスケすればいい。ガチガチに考える必要はない。
一日のうちの作業時間にバラつきがあっても、一週間でならしたときに総作業時間が目標に達していればOK。
この繰り返しで、気がついたらこんなに出来ている自分がそこにいた、という状態になるのが理想。

ほら、よく言うじゃないですか。

努力したわけじゃない。
続けていたらこうなっていたと。

疲れて家に帰り、自分と似たような状況にある人々をスマートフォンの中に探し続けて一日が終わる。

そんな毎日を終わらせることが出来るのは、自分しかいない。

 

誰のためでもなく、ある期間、「作業」を続けるという頑張りをしてみる。

自分なりのペースがつかめた頃、そこには数ヶ月前とは違った自分がいる。
今よりもっともっと自信を持って生き生きと働く自分になっているかもしれない。
もっともっと自分の能力を活かした仕事に就いているかもしれない。

About The Author

行政書士行政書士阿部隆昭
創業支援と資金調達に強い東京都北区赤羽の行政書士阿部隆昭。
事業計画書作成支援、創業融資申請サポート、補助金助成金申請、契約書作成、ビザ申請など、中小企業支援業務をメインに業務を行なっています。
業務経験20年の知見をフル活用し、クライアント様の事業運営をサポートします。