東洋経済オンラインに面白い記事がエントリーされていました。
仕事のできない人は不穏なセミナーにハマる
特に、次のようなセミナーには要注意です。
① 受講中に参加者の自由を奪うセミナー
洗脳は、新しい思考に入れ替えることです。そのためには、一度、脳を混乱させて、書き換えやすい状態にします。
② 大音量の音楽で感覚を麻痺させるセミナー
③ 音楽を大音量で流すことは、軽い催眠状態を引き起こし、参加者の判断能力を下げる効果があります。
④ 参加者の人格否定をするセミナー
記事中、要注意とされる上記のセミナーは、もはや普通のセミナーではありませんよね。
大音量の音楽、人格否定
洗脳する気まんまんです。
世の中、こんなにひどいセミナーもありますよ!と例を挙げつつ
セミナーの出口に気をつけて、自分のミッションを持ちながらセミナーに参加しないと無駄ですよ。
と言いたかったのだと思います。
資格試験についても触れていて。
お金は取り返すことができるが、時間は取り返すことができない、というのも全くその通り。
もちろん、明確なヴィジョンなりミッションを持つのは大切だと思いますし、引き返す判断はときに必要です。
しかし、「ステップアップへと突き進む前に、「どうやって、この資格をビジネスに活かすか(お金に換えるか)」といった具体的なビジョンを見定める必要があ」るとは、私、必ずしも思いません。
というのも。
資格を取った後の未来は、勉強中には全て見えてこない。
資格を取り、
本職として自分が認識し、
他人からも本職として認識してもらう。
そこから拡がる世界は恐ろしく大きいのです。
資格試験の受験予備校が「この資格を取るとこんなに素晴らしい未来が広がっている」と言うのとは全く違う意味で広くて大きい。
これって、机上の勉強では実感することが決してなく、自分の足で歩いて体全面で世間の風に当たって初めて分かること。
意識の問題なんですよ。
自覚の問題なんです。
一国一城の主ともなれば、その城を守る以外ないですよね。
建ててしまったんだから、「城」を。
建てた城を守ろう、維持しよう、未来に続けよう、という意識が自分の中にあるのとないのとでは、その後の人生に歩き方が全く違う。
その一点において、国家資格だろうと、民間資格だろうと、認定資格だろうと資格を取得することには意味がある。
取得するだけで。
「お前にはヴィジョンがない!」
とか、
「ミッションとかないの?」
と言う人は次に必ずこう言ってきます。
資格だけあっても、使えねーし。資格があっても食えないでしょ。
こんなですね、あったりまえの、モチのロンのことを言う人は未だにおりますし、これからもずっと居続けるのですが。
そんな人はバックミラー越しに見て、サッサと自分だけの別の未来を見に行きましょう。