今日から新学期、新年度の実質的な本番スタート、といった方も多いのかもしれません。
学校でも社会人でも同じ。
年度の切り替わりっていうのは新しい「ワクワク」と不安の「ドキドキ」が街中に溢れかえっている不思議な時期。
大型のキャリーを引いている新人サラリーマンの集団の中でさえ、ワクワクの方に軸足を置いている人と、ドキドキ感が満載な人とが見てとれます。
私はどちらかというと、「ワクワク」よりも「ドキドキ」派。
そんな「派」があるのかわかりませんが、考え方の傾向といったものは誰にでもあると思います。
よくあるプラス思考、マイナス思考といったことでも感覚的には同じかな。
「ドキドキ」が強くなると思い出す『魔法の言葉』がありまして。
子供の頃から何度もなんども母親から聞かされました。
今にして思えば、「何度も」ということは、母親もどちらかというと「ドキドキ派」だったということなのでしょう、おそらく。
時間がすべてを解決してくれる。
というのは、たとえば、「嫌な場」にいなければいけないときでも時間が経てば解放されるといったことです。
もしも、教室という「場」が嫌だったとします。
学校に居る時間を我慢してやり過ごせば、とりあえずはその日は家に帰ることができるので、「嫌な場」からは解放されます。
嫌な場から解放してくれたのは、「時間」といえなくもありません。
もちろん、明日も学校に行かなければいけないし、本質的には何も解決されていないので、一時しのぎにしかなりません。
「何も解決なんかされてないじゃん」って思われるかもしれませんが。
でもでも、その一時しのぎが大切なときも、生きていると確かにあるのも事実です。
そう思うと、「時間」って不思議。
万人に同じように与えられていて、使い方はその人の完全な自由。
使い方しだいで膨大な価値に変えることができるかもしれないし、ただ無益に捨てることだってできる。
どんな使い方でも許されているとはいえ、意識していないとあっという間にツカエル時間はなくなってしまう。
そうそう、時間がすべてを解決してくれる。
このために使った「時間」は結構ありますよ、私。
中学生時代に多用しました。
この「時間」は無益じゃない、使ってよかったと思っていますよ、今でも。