はじめに:「赤ワインは健康に良い」の本当の理由
「赤ワインはポリフェノールが豊富だから、少量ならむしろ体にいい」
──そんな話を、一度は聞いたことがあるかもしれません。
かつてテレビや雑誌でも繰り返し取り上げられ、「赤ワイン健康神話」はすっかり定着しました。
実際、欧米の中高年層には「毎日1杯の赤ワインは長寿の秘訣」として愛飲している人も多く見られます。
しかし、近年の大規模な研究によって、こうした認識に疑問が投げかけられています。

ポイントは──
「赤ワインが体に良い」のではなく、
「赤ワインを毎日飲めるような人が、健康だっただけでは?」という視点です。
たとえば、赤ワインを日常的に楽しめる人は、次のような傾向があります:
- 食生活が比較的整っている
- ストレスが少なく、余暇を楽しめる
- 経済的に余裕がある
- 健康意識が高く、定期的な運動や検診もしている
つまり、「赤ワインが健康をもたらした」ように見えて、
実は「健康で余裕のある人が、赤ワインを選んでいただけ」だった。
このような“見かけの因果関係”を生み出してしまう背景要因を、統計学では交絡因子(confounding factor)と呼びます。
交絡因子とは何か?
交絡因子とは、AとBに因果関係があるように見えて、
実際にはCという“第三の要因”が両方に影響していた──という構造を指します。

赤ワインの例で言えば、
- 表面的な構造:赤ワインを飲む → 健康になる
-
実際の構造:生活に余裕・健康意識が高い(交絡因子)
→ 赤ワインも選ぶし、健康習慣も整っている
このように、「関係があるように“見える”けれど、因果ではない」関係を見分ける視点が、交絡因子という考え方です。
実は補助金申請でも同じことが起きている。
この「交絡因子」の考え方、実は補助金申請やその支援の現場でも、非常に重要な意味を持っています。
たとえば──
「補助金をもらった企業は、売上が伸びている」
「専門家に頼めば、採択率が高くなる」
こうした“もっともらしい”言説の背後に、実は交絡因子が隠れている可能性があるのです。
本記事では、補助金支援に携わる行政書士の立場から、
この交絡因子が補助金支援のどこに、どのように潜んでいるのか。
そして、その視点を持つことで、どのように“構想的な支援”へと進化できるのか──
事例とともに詳しく解説していきます。
「赤ワインは体に良い」「補助金をもらえば事業は伸びる」「専門家に頼めば採択される」──
一見もっともらしいこれらの言説には、ある共通の“罠”があります。
それが、「交絡因子(こうらくいんし)」という存在です。
交絡因子とは、表面的に見える因果関係を歪めてしまう第三の要因のこと。
この概念を理解することは、補助金の活用を「ただの資金獲得」ではなく、
真に意味のある経営戦略に変えるための第一歩です。
この記事では、補助金申請支援の実務に携わる行政書士の視点から、
この交絡因子が補助金支援の現場でどのように働いているのかを掘り下げてみたいと思います。
「補助金で売上アップ」は本当か?──第1の交絡

よくある言説に、「補助金を受けた企業は売上が伸びている」というものがあります。
たしかに、多くの補助金実績紹介サイトや公的レポートでも、
補助金後の売上推移や利益増加がグラフで示されています。
しかし、ここで問いたいのは──
本当に「補助金をもらったから、売上が伸びた」のか?
ということです。
補助金というものは、当然ながら審査に通らなければ受け取れません。
では、その審査とはどのような基準で行われているのでしょうか?
・事業計画の実現可能性
・収益モデルの持続性
・経営者の意欲と課題認識
・市場ニーズとの整合性
これらをクリアする企業とはつまり、「もともと優秀で、成長可能性が高い企業」です。
言い換えれば、補助金がなくても成長していたかもしれない企業が、
たまたま補助金を活用したに過ぎない──そんな可能性もあるのです。
この「もともとの成長力」こそが、因果関係をゆがめる交絡因子です。
■ 真の因果構造:
- 誤解:補助金 → 成長
- 現実:成長力のある企業 → 補助金にも通るし、自然に売上も伸びる
「専門家に依頼すれば通る」は本当か?──第2の交絡
補助金申請支援の現場では、次のような話もよく耳にします。
「行政書士に頼めば、採択率が上がるよ」
一部の業者は“採択率90%超”などと謳って営業していたりもします。
では、本当に「専門家に依頼したこと」自体が、採択率アップの要因なのでしょうか?
もちろん、構想を言語化し、要件を満たした形で書類に落とし込むという点で、
専門家の関与が有益であることは間違いありません。
しかし──ここにも交絡因子が潜んでいます。
それは、「専門家に依頼できるような企業は、もともと採択されやすい企業である」という事実です。
■ 専門家に依頼できる企業の特徴:
- 外注費を出せる程度には資金的余裕がある
- 自社の情報や現状を整理できている
- 経営者自身が問題意識を持ち、計画を言語化できる
- 社内に最低限のリソースがあり、対応が早い
これらの条件を満たしていれば、そもそも採択されやすいわけです。
つまり、専門家の存在そのものが因果ではなく、企業の下地のほうが本質的な要因だった。
この「依頼できるだけの余裕」こそが、2つ目の交絡因子です。
補助金業界の“神話”にひそむ交絡因子たち
以下に、補助金支援現場でよく語られる「神話」と、
その裏にひそむ交絡因子の構造をまとめてみましょう。
よくある主張 | 潜在する交絡因子 |
---|---|
補助金をもらった企業は成功している | もともと優秀な企業が採択された可能性 |
専門家に依頼すると通りやすい | 依頼できる余力のある企業はもともと通りやすい |
赤ワインは健康に良い | 飲んでいる人が健康的な生活を送っていた |
重要なのは、「この主張が間違っている」と断じることではありません。
むしろ、「因果関係を正しく理解することで、支援の質を高める」という姿勢こそが重要です。
本質的な支援とは、構造を見ること
私たち行政書士やコンサルタントが補助金支援に関わるとき、
単なる申請代行ではない「構想支援」として機能するには、この交絡因子の視点が欠かせません。
✔ 支援によって変わったこと
✔ 補助金がなければ困難だった理由
✔ 社内の変化や、経営者の思考の転換
こうした“見えづらい変化”に目を向け、それを読み解き、翻訳していく。
それが、本質的な支援であり、経営にとって意味ある補助金活用のあり方だと考えています。
おわりに:「交絡因子」は“問い”を深めるヒント
交絡因子とは、「因果の錯覚」を生む装置でもあります。
しかし同時に、「なぜそう見えるのか?」という問いを立てるきっかけでもあります。
補助金を受けた企業が成長しているとしたら──
なぜそれは補助金によるものだと言えるのか?
支援によって何が“本当に”変わったのか?
私たち支援者がこうした問いを持ち続けることで、
一件一件の申請が「構想を支える営み」として磨かれていく。
目に見える成果の背後にある、構造的な価値。
それを言語化する力こそ、補助金支援における「質」の正体なのかもしれません。
LDAM_行政書士阿部総合事務所 行政書士阿部隆昭